令和5年4月1日から、日本で「賃金のデジタル払い」制度が施行されました。従来は現金支払いが基本で、労働者の同意を得た場合に限り、銀行や証券口座への振込が認められていましたが、法改正により、同意があれば指定されたデジタル口座への振込も可能になりました。
この制度はスマートフォンやオンライン決済の普及を背景に、給与支払い方法の多様化と利便性向上を目的としています。労働者と企業にとって利便性や業務効率の向上が期待される一方、導入には一定の要件や注意事項が必要です。
✅賃金のデジタル払いに必要な法的要件
デジタル払いを導入するためには、労働基準法やその関連規定に基づく以下の要件を満たす必要があります。
労働者の同意取得
デジタル払いを行う際には、書面または電子的記録を用いて労働者からの同意を得ることが求められます。同意書には、支払い方法や範囲、金額、開始時期、代替口座の情報などが記載される必要があります。
労使協定の推奨
行政通達により、対象労働者の範囲や支払い内容を含む労使協定の締結が推奨されています。法的に協定がなくてもデジタル払いは可能ですが、企業としては労使間で合意を図り、安心して運用できる体制を整えることが望ましいでしょう。
✅就業規則への記載と労働条件通知書の変更
デジタル払いを実施する際は、就業規則にも必ずその旨を記載する必要があります。賃金の支払い方法に関する記載は、就業規則の「絶対的必要記載事項」に該当するためです。また、労働条件通知書にも賃金支払方法の変更が記載されることが求められます。
具体的には、デジタル払いを選択できるとともに、従来通りの銀行口座への振込も選択肢として残しておく必要があります。このように多様な選択肢を提供することで、労働者のニーズに応えつつ、法的要件を満たした形で運用が可能になります。
✅デジタル払いのメリットと課題
メリット
利便性の向上
スマートフォンで簡単に確認や支払いができるため、時間と手間が省けます。また、即時支払い機能が整えば、アルバイトや短期就労者に対する柔軟な給与支払いも可能になるでしょう。
コスト削減と業務効率化
紙媒体での給与明細発行や振込手数料の削減が期待できます。特に現金払いが多い業種では、業務の効率化に大きく寄与します。
課題
業務負担の増加
2024年11月現在、企業の約9割が導入予定を見送っている理由として、「業務負担の増加」が最も多く挙げられています。デジタル払いの導入には、就業規則の改定や労働者からの同意取得、支払いプロセスの見直しが必要です。これらの手続きが企業にとって大きな負担となり、特に中小企業ではリソース確保が難しい場合が多く見られます。
制度やサービスへの理解不足
デジタル払いに対する「理解不足」も、企業が導入を躊躇する要因となっています。賃金のデジタル払いは新しい制度であり、従来の支払い方法と異なるため、具体的なメリットやリスクを把握できていない企業が多いのが現状です。また、制度に関する知識不足が労務トラブルへの不安を助長しています。
セキュリティリスクと信頼性の懸念
デジタル払いは利便性が高い反面、サイバーセキュリティのリスクが伴います。企業はシステムの安全対策を強化する必要があり、指定資金移動業者にもセキュリティ基準が設けられていますが、不正アクセスや情報漏洩のリスクが完全にゼロにできるわけではありません。こうしたリスク管理の難しさも導入を控える理由となっています。
従業員の賛否と理解
デジタル払いに対する従業員の理解度や同意の取得も重要な課題です。従業員がメリットを感じられなければ、導入後に不満が生じる可能性もあります。そのため、企業は制度の内容を十分に説明し、従業員が安心して利用できるような教育やサポートを整えることが求められます。
コストメリットへの疑問
デジタル払いに前向きな企業は振込手数料の削減を期待していますが、実際には初期導入やシステム管理にコストがかかる可能性もあります。企業規模によってはコスト削減効果が小さく、メリットが見えにくいケースもあり、効果的なコスト管理が課題です。
これらの課題を解決するためには、デジタル払いの運用に関する知識や体制の充実が求められます。企業が負担を軽減しながら導入を進められるよう、情報提供や支援体制の整備も必要と言えるでしょう。
✅賃金のデジタル払い導入に向けた実践ステップ
デジタル払いの導入には、いくつかの重要なステップがあります。
就業規則や労働条件通知書の改定
就業規則にデジタル払いの内容を記載し、労働条件通知書にも新しい支払い方法を反映します。労働者には、デジタル払いの概要や必要な手続きについて詳しく説明し、同意を得ることが求められます。
労使協定の締結
労働者代表と協定を結び、対象者や支払いの範囲、業者の指定、開始時期などを明確にします。協定がなくとも実施は可能ですが、労使協定の締結でより円滑な運用が期待されます。
従業員への周知とサポート
新しい支払い方法についての周知を徹底し、デジタル払いに対する疑問や不安を解消できるよう、サポート体制を整えます。
✅現在のデジタル払い事業者の取り扱い
この制度の実施にあたって、現在日本で認められている資金移動業者は限られており、その一つが「PayPay株式会社」です。PayPayは、2024年現在において厚生労働大臣の指定を受け、賃金デジタル払いの取扱事業者として認められていますが、支払い金額の上限は20万円に設定されています。この制限は、デジタル払いの安全性を高め、リスクを最小限に抑えるための措置です。企業がデジタル払いを導入する際には、この上限額に留意し、20万円を超える賃金の支払いは従来通り銀行口座などで行う必要があります。
✅デジタル払いの未来と企業への期待
デジタル払いの導入は、従業員満足度の向上や企業のデジタル化に役立ちます。導入には手間がかかりますが、現代の多様な働き方に柔軟に対応するための手段として注目されています。企業は、利用上限やリスク管理に配慮しつつ、賃金のデジタル払いを積極的に活用することで、従業員にとって働きやすい環境を提供できるでしょう。
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